★ コンティネントと死すべきカタキ ★
<オープニング>

 竹川導次が説明の場に選んだのは、森が見えるロッジだった。しかも時刻は午後11時。導次は部下に命じて窓のカーテンを引いた。光はたったひとつの裸電球だけだ。どうやら、人目をはばかる話らしい。それを察するには充分なロケーションだった。
「フランキー・コンティネント知っとるか」
 誰もが頷いた。それは豪華なキャスティングで話題をさらった犯罪サスペンス映画の主人公だ。ドウジに勝るとも劣らないカリスマの持ち主で、劇中では十数人もの黒いプロフェッショナルを取りまとめ、綿密な犯罪計画を立て、数々の完全犯罪を成し遂げていた。
 実体化したフランキーはドウジと意気投合し、悪役会の一員になっていた。
「んじゃ、ブラッカちゅうのは知っとるか」
 ドウジは煙管の灰を落とした。
 それが合図だったのか、ロッジの部屋の奥から、黒ずくめの男が静かに姿を現した。
「俺が、そのブラッカだ」
 男の頭は、黒いオオカミだった。ホラー映画ではおなじみの人狼というものにちがいない。ただ、この人狼は破れたズボンに裸足というワイルドな風貌ではなく、黒いレザーのライダースジャケットやパンツに身を包んで、クールにキメていた。背中には黒い拵えの日本刀を背負っている。
「俺は映画『ブラックスター』の主役だ」
 ブラッカの存在は知らなくとも、今や誰もが『ブラックスター』なる映画を知っていた。
 ミランダ。ムービーキラー。今は、その身柄をアズマ超物理研究所に移されている。銀幕市に混乱をもたらし、悪役会所属のヴィランの多くを手にかけた女。
 そんなミランダが出ていた映画は、『ブラックスター』というハードアクション映画だった。
「フランキーの仲間たちが、『ブラックスター』狩りを始めている。もちろん俺も賞金首だ。この首がいくらかは知らんが」
 オオカミの顎と舌で、ブラッカは静かに話した。
「まア、ウチの会員のハラワタが煮えくり返っとんのは確かや。ミランダを殺りてえっちゅう気持ちは俺もわかる。せやけどおんなじ映画に出とっただけのヤツをバラすんは、逆恨みもええトコや。アタマのフランキーとは連絡がつかん。アイツがこんなアホらしいこと手下に焚きつけとるたァ考えられへんが、見過ごしてるっちゅうならありえる話や。逆恨み劇に水さしてやってくれ。余裕があればフランキーの居場所も突き止めてほしい」
 ふう、とドウジは紫煙を吐いて、片方だけの目を細めた。
「言うとくが、フランキーは殺るなよ。あとが面倒やし、俺と五分の盃もやっとるからな」
 ブラッカが銀色に輝く目を伏せた。
「頼む。俺はともかく、ヒロインのシェリーは満足に銃も撃てない。相手は犯罪のプロだ。……力を貸してほしい」
 ドウジとブラッカがこれまでにかき集めた情報によれば、『ブラックスター』狩りの戦闘要員は6名。あとのヴィランズは情報収集やトラップなどの裏方にまわっているらしい。映画どおりに、チームワークはバツグンだ。
 もしかすると、このロッジでの会合も把握されているかもしれない。
 ブラッカが長い溜息をつき、森の闇を睨みつけた。

種別名シナリオ 管理番号201
クリエイター龍司郎(wbxt2243)
クリエイターコメント微妙にミランダ関係のシナリオです。フランキーの設定は最近公開された『オーシャンズ13』の影響を思いっきり受けてしまっていますが、フランキー率いる犯罪ドリームチームはあの映画のようにあまり和気藹々という感じではありません。かと言って『レザボアドッグス』ほど殺伐ともしていないです。『ユージュアル・サスペクツ』の雰囲気が近いかも。
『ブラックスター』から実体化したムービースターはブラッカを含め4名(ミランダ除く)。すでにひとりが殺され、守るべきは3名です。ブラッカとその相棒ファング、ヒロインのシェリー。ブラッカとファングは人外で戦闘が得意ですが、シェリーは無力な人間の女性です。
フランキー配下の私刑執行部隊6名は人間ですが、映画上では犯罪のプロフェッショナルなので、たとえPCさんが吸血鬼や神様設定のムービースターでも、1対1では骨が折れるかもしれません。
チームワークに対抗するにはチームワーク。多人数バトルを楽しむシナリオにしたいと思っています。「ド派手なバトルにしようぜ。」
悪役会所属という設定のPCさんなら、逆恨みにノってしまうのも一興でしょう。

募集期間が短めですので、ご注意ください!

参加者
キュキュ(cdrv9108) ムービースター 女 17歳 メイド
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
八之 銀二(cwuh7563) ムービースター 男 37歳 元・ヤクザ(極道)
シュウ・アルガ(cnzs4879) ムービースター 男 17歳 冒険者・ウィザード
李 白月(cnum4379) ムービースター 男 20歳 半人狼
レドメネランテ・スノウィス(caeb8622) ムービースター 男 12歳 氷雪の国の王子様
ティモネ(chzv2725) ムービーファン 女 20歳 薬局の店長
冬月 真(cyaf7549) エキストラ 男 35歳 探偵
<ノベル>

 ドウジとブラッカの話が終わったあと、しばらく、誰も口を利かなかった。多少なりとも悪役会の顔ぶれについて知っている者であれば、フランキー・コンティネントを相手取りたくはなかったし、この会合が向こうに把握されている可能性もあるから、迂闊には動けなかった。慎重に、ことを進ませなければならない。
 の、だが。
「まぁ! まぁまぁ、なんとかなるって!」
 冷たく重い空気を吹き飛ばしたのは、シュウ・アルガの大声だった。隣で小さくなっていたレドメネランテ(レン)・スノウィスは彼の弟子になっていて、その大声には多少慣れているハズだったが、軽く飛び上がっていた。
「えーと、7人? こんだけ腕利きが揃ってるんだ、大丈夫だろ。史上最強の俺様もいるわけだし! コイツもナリはモヤシだけど結構デキんだぜ。な!」
「あう!」
 バシッ、と師匠に思いきり背中を叩かれて、レンはあえなくよろめいた。あっ、と小さく叫んで、キュキュがほとんど反射的に動いていた。彼女は、味方や主にはひどく献身的だ。ほとんど無意識に、レドメネランテを支えていた。
「大丈夫ですか。お仕事の前におみ足をくじかれたりしては、大変ですわ」
「あっ、え、ええっとっ、す、すみませんっ」
「なーに赤くなってんだ、レン! 溶けちまうぞ」
「ゆ、雪ダルマじゃないんですからぁ……」
「7人、か。悪いな、6人ってコトにしてくれ」
 シュウとレドメネランテのおかげで場の空気は和んだが、八之銀二(ヤノ・ギンジ)の一言が、再びピリピリとした緊張感を引き戻した。全員の視線が、灰色の髪の違丈夫に集まる。
「フランキー一味のウワサは聞いたコトがある。ナメてかかるのはヤバい連中だ。でも、これだけハデに暴れられる面子が揃ってるからな……6人でもやれるさ。俺は降りる」
「嘘だろ、兄(あに)さん」
 真っ先に食い下がったのは、李 白月(リ・ハクヅキ)。彼は息まで呑んでいた。白月という若者は、八之銀二を尊敬していたからだ。ブラッカにはわずかに親近感めいたものを抱いていたから、彼を護ることには抵抗がない。しかもそんな乗り気の仕事で、憧れの銀二とくつわを並べることができそうだと知ったときには、ひそかに喜びさえしていたのに。
「俺がいても足手まといだ」
「本気なのか。話を聞くだけ聞いてソレでは、こっちも困る」
 ブラッカもわずかに耳を伏せ、憮然とした声で、銀二を遠回しに非難した。銀二は灰の髪を軽くかきながら、肩をすくめる。
「ここでの話をペラペラ話したりはしないさ」
「……まァ、ええ。あんたがそういう人間じゃあないことはわかっとる。見送りはせえへん。とっとと消えろ」
 紫煙を吐いて、ドウジが銀二の目を真っ向から見つめた。
 じっと。
 銀二はその隻眼を見つめ返したあと、ふ、と笑みをこぼす。
「恩に着るよ、親分。あんたにはかなわないな」
 そして、彼は本当にロッジから去った。白月は、夜にまぎれて消えていく白い背中を、見送るしかなかった。戸惑っているのは彼だけではない。単独行動は危険だと思っていたキュキュも、どうしたものかとオロオロしている。銀二はこの依頼を破棄してしまったから、厳密に言えば仲間の単独行動というわけではない。だが、それでも……。
 要するに彼は、シッポを巻いて逃げてしまった。八之銀二とは、その程度の男だっただろうか?
「……あーあ。私をとめてくれそうな人が、いなくなっちゃいました」
 白月の隣に立って、ティモネがそうこぼす。彼女はロッジに入って挨拶をしてから、初めて口をきいた。白月が思わず見つめたティモネの横顔には、不気味と言ってもいいような、薄い笑みが浮かんでいる。それは嘲笑ではなく、意味深な含み笑いにも見えた。彼女はまるで、未来と真実を見知っているかのようだ。しかも、挨拶をしたときには持っていなかったはずの、黒い大鎌をたずさえていた。どこにしまっていたのか、いつ取り出したのか、彼女にしかわからない。
「……じゃ、後は頼んだ」
 また、ひとりの男が、先にロッジを去ろうとしている。銀幕市で探偵業をやっている、冬月真(フユツキ・シン)だった。ドウジは紫煙を吐いたきりで無言だったが、ブラッカがするどい視線で冬月を射抜いた。
「お前も降りるのか」
「大立ち回りを任せるだけだ。俺は俺らしく人捜しをするよ」
「なんだ、フランキーってヤツの居場所か? ンなモン、魔法で一発だ。俺もついてってやるぜ?」
「お独りは、危険です」
 シュウとキュキュの申し出に、冬月は肩をすくめ、首を横に振った。
「戦力を割くのはまずいだろう。フランキーは必ず見つけ出すから、おまえらは護衛に集中してくれ。フランキーは大物なんだろう? 金と女の流れを調べれば、一発だ。見つけたら、すぐに連絡する」
「では、せめて……」
 冬月の意思が固いことを見て取ったキュキュが、彼にそっと手を触れた。冬月の身体は、一瞬、不思議な色の光に包まれる。
「『おまじない』ですわ」
「厄除けの?」
「弾丸除けでございます」
「そいつは有り難い」
 冬月の礼は淡白だったが、キュキュはほんのりとはにかんだ。


「『灰色』が出てきた。ひとりだ」
 藪の中、端末をのぞきながら痩せた白人が呟く。
 シャノン・ヴォルムスは、チラとその端末をのぞきこんだが、すぐに茂みの向こうの闇に目を戻した。端末は彼――ハン・シソウのオリジナルだ。他人が見ても、どんな情報が表示されているのか容易には読めない。そもそもシャノンは、そんなデジタル情報に頼る必要がなかった。彼は吸血鬼だ。彼にとっては、闇など、漆黒の空間ではなかった。昼間の世界同様に、情報が氾濫している。
「奴は『降りた』ようだな」
「今までのヤツの行動からじゃ、考えられない」
 シャノンの読みに、ハン・シソウは反論した。シャノンはすかさず、その反論に反論する。
「貴様は情報に頼りすぎだ。人の心はわからんものさ」
「そうか? ……あ、またひとり出てきたな。誰だ? 探偵か」
「ちゃんと見張っていろ。様子を見てくる」
「……そっちこそ、ちゃんとやってくれよ。金払ったんだから」
 ハン・シソウは、疑いの眼差しをシャノンに向けた。
『ブラックスター』の登場人物を殺すために、フランキー一味はシャノン・ヴォルムスを雇った。メンバーのひとりであるハン・シソウはデータ解析と情報収集に長けている。シャノンがロッジ内にいるブラッカの護衛たちの一部と面識があることは、筒抜けだった。フランキーや他のメンバーの思惑はともかく、ハン・シソウはシャノンをあまり信用していない。
「……出てきたぞ。全員だ。さあて……残りのターゲットの場所まで、案内してもらおうか……」
 ハン・シソウは端末で、シャノンは肉眼で、ロッジからブラッカたちが出てくるのを確認していた。しんしんと虫が鳴いている。ハン・シソウが再び、デジタルの世界から現実の世界に目を戻したとき、シャノン・ヴォルムスの姿は忽然と消えていた。
 

 ブラッカたちの隠れ家は、銀幕警察署の裏にあった。警察の動きはムービースターやムービーハザードに対してあまり積極的ではないが、設定上悪役はどうしても警察の目を気にしてしまうものらしい。そんなちょっとしたアドバイスは、竹川導次がさりげなくもたらしてくれたのだという。ドウジという親分は、面倒見がよかった。彼はブラッカとその護衛たちとはべつの道を通って森を抜け、姿を消した。ドウジにも部下がいたが、キュキュだけは少し後悔していた――ドウジにもおまじないをかけておいてもよかったか、と。竹川導次はロッジを出た瞬間から、ブラッカとは無関係を装っていた。誰の助けも心配も、要らないような素振りだった。
 シェリーは金髪に赤い口紅の、サスペンスやアクションでよく見かける女優そのままの白人女性で、ブラッカが言ったとおり、身を守れるような特殊能力は何も持っていなかった。ブラッカの相棒ファングは、ショットガンを愛するダンピールだ。
 ふたりはブラッカが無事に戻ってきたことと、護衛を連れてきたことに、ひどく安堵していた。
「おおぅ、実物はもっとカワイイ」
 シェリーを見たシュウは、思わず本音をこぼしてしまった。映画『ブラックスター』を観て、ヒロインが好みだったことが依頼を受けるきっかけだった。主人公がいる手前、その動機は一応隠しておいたのだが、たった今ソレは弟子にまでバレた。レドネメランテは複雑な表情でシュウを見上げ、シュウは気恥ずかしさのあまり弟子の頭を小突いていた。
 この夜は、いつもと同じ夜だった。街のどこかで、映画から抜け出した人物や現象が、騒ぎを起こしている。悲鳴や笑い声が、風に乗って運ばれてくる。銀幕市の、いつもと同じ夜だった。
 しかし、ここでまんじりともせず夜を明かしている『ブラックスター』の登場人物と護衛たちの周りには、異様なほど重苦しい、いつもとはちがう空気が漂っている。
 時間はのろのろと這い進み、朝はゆっくりゆっくり近づいてきていた。
「ミランダのせいでこうなった、なんて考えたくねえんだけどさ」
 重い沈黙から逃れようと、タバコに火をつけたファングが、ポツリと呟いた。
「記録見る限りじゃ、ミランダはまるで人が変わっちまったみてえだ。その……、確かに、正義感強えヤツではあったけどよ。オレとブラッカがいい加減だからそう見えるってだけで、なんつーか……トコロ構わず暴れるような女じゃなかったんだ。なあ、わかってくれ」
「最近ウワサになってるミョーな博士の言い分じゃ、ミランダはちょっとずつおかしくなってったって話じゃないか。ミランダの変化に気がつかなかったのか?」
 白月が尋ねると、ブラッカがかぶりを振った。
「俺たちが実体化したのは、ミランダが暴れはじめてからだ。ミランダが辻斬りみたいに皆に認識されていたから、こっちもかなり驚いた。悪役会の連中ばかりではなくてな、俺たちを白い目で見るのは……。『ブラックスター』という映画に、すっかり悪いイメージがついてしまったらしい」
「ね、それで、わたしは思っているの」
 シェリーが口をはさんだ。
「まるでわたしたち、『ブラックスター』のイメージバランスを調節するために、こうして実体化したみたい、って」
「アズマ博士は言ってましたね。魔法のエネルギーがマイナスにかたむいたら、ムービースターはムービーキラーになるんじゃないかって……」
 レドメネランテが、恐々と呟いた。
「バランスって……、どういうことなんだろう」
「ハッキリしてるのは、この状況もあの女みたいにマトモじゃねぇってことだ。バランスなんかどっかいっちまってる。おかしくなってるぜ、なんだか」
 シュウが吐き捨てると、また室内には嫌な静けさが降りた。空気の重みは増したようで、息苦しいほどだ。キュキュが音も立てずに立ち上がって、あまり生活感のないキッチンに足を向けた。
「お茶をお淹れしますわ。眠気覚ましにもなりますし」
「お手伝いします」
 にっこりと優しく微笑んで、ティモネが立った。物騒な鎌を、壁に立てかけて。
「い、いえ、どうぞお座りになっていてください」
「ティモネさん、ちょっと退屈していたところですから、気にしないでくださいな」
 くすくす笑うティモネは、シュウが言うところの「異常な状況」を、楽しんでいるようにも見えた。キュキュはそれほど頑なではなかった。ふたりの女性が作った芳しい香りが、明け方の薄闇を優しく包む。
 けれども、その安息は、長く続かない。キュキュはそれを知っていた。ティモネはともかく――メイドは、それを少し、悲しく思う。
「ここにいるってことは、もう向こうに伝わってるって考えたほうがいい」
 愛用の棍をあらため、白月が軽く溜息をついた。
「私たち、目立ちましたからね。でも、問題はありません」
 温かいコーヒーを飲み終え、鎌を抱いたティモネがクスクス笑う。
「逆恨みするようなお脳の方々なら、大したお相手ではないでしょう」
「待て。だからと言って侮るのもよくない」
 ブラッカが、スラリと背の刀を抜いた。白月も、ギチリと棍を握る手に力をこめる。
 獣の血が混じったふたりの嗅覚が、ある匂いを嗅ぎ取ったのだ。
 硝煙の、匂いだった。

「ヤツら感づきやがった。ジャックポット! 右からだ。レッドジャック! 裏に回れ。ハデにいくぞ、お互い弔い合戦ってヤツだ、ハハハハ! シャノン、お手柄だぞ。フランキーに褒めてもらえ!」
「ヒヒヒヒ!」
「ダハハハハ!」

 ヤツらは、そこが警察署の近くだろうと、躊躇しないようだ。
 ガラスが割れ、火薬が炸裂し、壁が砕けて白煙が舞う。敵は何人いるのかわからない。ともかく、激しい銃撃。耳をつんざき、夜を引き裂く銃声は、ひっきりなしに続いた。誰かの叫び声と怒号も、笑い声も、かき消される。
 明け方、銀幕市の一角が、ベトナムの戦場になってしまった。


 現実離れした特殊能力もなければ、バッキーも飼っていない冬月真が、真っ先にフランキー・コンティネントを見つけだした。フランキーはこの銀幕市で、竹川導次に並ぶ悪役なのだ。金と女、キナくさいウワサ……立ちのぼる煙の足元をたどれば、おのずと大物の居場所はわかる。
 今回の調査では、女の動きがカギになった。もちろん、金の動きも大いに参考になった。だが今回活発に動き回っていた女というのは、娼婦のようなものではなくて、ショービズ系映画から抜け出したバニーガールやショーガールたちだったのである。派手な彼女たちは、追う側にとって有り難いほど目立っていた。
「ほう」
 フランキーの根城を訪れた冬月は、思わず感嘆の溜息をこぼしてしまった。
 小ぢんまりとはしているものの、そこは華やかで、酒と紫煙と喧騒に満ちた、地下のカジノだったのだ。
 フランキーが主役を張った映画は『コンティネンタル20』シリーズで、ラスベガスで大規模なロケを行ったことでも有名だった。フランキーと言えばベガスであり、カジノというわけだ。ドウジも出身作のとおりにひとつの組織をぶち上げてしまったが、フランキーにしても自分のイメージからは逃れられなかったらしい。日本にはカジノがないから、自分で作ってしまったのだ。しかも、24時間営業らしい。金がある悪役はやることのスケールがちがう。
 きらびやかな照明や、もうもうとたちこめる葉巻の煙に、冬月がややしばらく目をすがめていると、目つきの鋭い60代の男が近づいてきた。老いてはいるが、着ているスーツは上物だったし、何より老獪なオーラがにじみ出ている。この男も、只者ではないのだろう――冬月同様に。
「なんだ、オマエは。誰の紹介でココに来た?」
「悪いな、アポはないんだが、ここのオーナーと話がしたい」
 男は、なにい、と言わんばかりに眉を吊り上げた。しかし――
「バンカー、まぁ落ち着け、バンカー。私の客だろう」
 フロアを一望できる中二階から、落ち着いた壮年の声が降りてきた。
 冬月と男は、マホガニー色の階段に目をやる。手すりに寄りかかった男と、視線がぶつかる。
(あいつか。フランキー・コンティネント)
 一瞬冬月は、そこに竹川導次を見たような気がした。フランキー・コンティネントは白人で、背は高くも低くもなく、さほどたくましいわけでもなく、外見でドウジと共通する部分はなにひとつ見当たらない。むりやり共通点を挙げるとすれば、着ているスーツが高級ブランドものというところくらいか。
 だが、ドウジと同じような存在だった。
 この男には、きっと、悪を惹きつける何かがあるにちがいない。冬月も(彼は悪人ではないが)、もしもフランキーからものを頼まれたとき、断れないような気がした。
 一度でいい。こいつの力になってみたい。こいつと一緒に、デカいことを成し遂げたい。
 これは恐らく、フランキーの能力なのだろう。男に、そう思わせてしまうのは。
 バンカーと呼ばれた男は、軽くかぶりを振ると、席を外した。フランキーには逆らえないようだ。
 フランキーの顔には、特徴がある。左目は黒曜石のように黒いのに、右目ははっとするほど蒼いのだ。そして、その薄い色素の目の上には、刀傷の痕がある。左目が刀傷でつぶれているドウジとは、まるで対照的だ。
「きみを知ってるぞ。シン・フユツキだ」
「自己紹介の手間がはぶけたよ、フランキー・コンティネント」
「私もさ。バカラでもどうだ? いや、話しながらの賭けなら、ルーレットのほうがいいか」
「こんなところでツキを使いたくない」
「きみがツキだけに頼って探偵をやってるとは思えないが」
 フランキーは懐から細身の葉巻を出すと、自分で火をつけた。付き人をともなっていないのだ。しかも彼の素振りはごく自然で、ドウジのようにあからさまな威圧感を放っているわけではないし、むろん威張っているわけでもなかった。しかし冬月は、無数の視線を感じている。ゲームに興じる悪役たちが、フランキーの前に立つ自分を、さりげなく監視しているのだ。懐に手を入れたりしようものなら、即座に蜂の巣にされそうだ。
「用件は?」
「貴様の部下がみっともない理由で暴れてる。どういうつもりで奴らを動かした?」
「その話か。実は私もその件で困っているところだ」
「……なに?」
「私は『好きにしろ』と言っただけでな。仲間にあまり血なまぐさいことは頼みたくない。というよりも、私個人は『ブラックスター』の連中が憎いとは思っていない。仲間は何人か殺られたが、相手が狂っているんじゃしょうがないからな」
「部下が勝手にやった、か。おエライさんの常套文句だ」
「部下じゃない。仲間さ。私と、愉快な仲間たち」
 フランキーはうっすらと笑いながら、ディーラーから玉を取り上げて、ルーレットに投げこんだ。


 バンカーというのは、明らかな偽名だ。貴族のゲームと言われるカジノゲーム、バカラをやっている者ならわかる。バンカーの本名を含めた素性を知る者は少ない。フランキー・コンティネントなら知っているかもしれないが、彼がそれにこだわることはありえないだろう。フランキーが求めているのはプロフェッショナルとしての自覚と実力だけだ。
 バンカーはカジノから出ると、懐から葉巻を出した。
 だが、火をつけることはできなかった。
 静かに、確実に、足音が近づいてきて――人くらいの大きさのものが、バンカーの前に投げ捨てられたのだ。
「……ハン」
 ハン・シソウ。死んではいないが、完全にノックアウトされている。
 一体、誰が。
 バンカーは顔を上げた。灰色の髪の、体格のいい男が、嫌味なくらい明るい笑顔を投げかけてくる。
「よう、バンカー」


 報酬分は働いただろうか。
 弾幕を見舞いながらシャノンは思った。
 ブラッカの隠れ家を突き止め、今、フランキーの部下とともに撃ちまくっている。
 もう充分ではないのか。ブラッカたちはともかく、彼らの護衛は、シャノンが見知っている顔ばかりなのだから。
 プロフェッショナルというのは難儀なものだ。金をもらった以上、それに見合った仕事を提供しなければならない。
 だが少し、シャノンにとって、気がかりな――いや、気にいらない問題があった。彼はフランキー・コンティネントに雇われたのだが、フランキーの顔を見たわけではないのだ。フランキーの片腕だという悪役会の男から、金を受け取り、仕事の内容を伝えられた。金はフランキーのものだと言っていたが……フランキーがどういう思惑で『ブラックスター』の登場人物に逆恨みをしているのか、シャノンにはわからないのだ。
 最低でも、『雇い主』の実像は拝んでおくべきだった。
(まったく)
 胸の奥で、モヤモヤと、どうしようもない感情がくすぶっている……。
「!」
 心にかかった霞と、硝煙を切り裂く光。酷薄なほどに黒い一閃だった。シャノンが見せた反応は、人間のものではなかった。咄嗟に光をよけ、銃口を向ける。
 ティモネ!
 長い黒髪が帯のようになびいていた。シャノンは鉄爪を……引かなかった。ティモネも、にぃぃ、と笑みを大きくしただけで、鎌を振り上げたきり、振り下ろさない。
「……シャノさん!?」
 ふたりだけしかいなかったこの空間に、李白月の驚いた声が割りこむ。彼は、ティモネとは対照的だった。ひとつにくくった長い髪は、真っ白だ。
「どうして!」
「悪いな、仕事でね」
 一言残したシャノンの姿が、ブワッ、と文字通り霧散した。ティモネと白月の長い得物にほんの一瞬絡みついた、意思ある霧。まるでふたりの肩を、ポンと叩いたかのような動き。シャノンは消えた。
「……」
 ティモネはすぐに、新しい攻撃の対象を探るために、視線を動かしていた。
 銃声。
 彼女は跳んだ。ティモネの足元のアスファルトが、剥がれて砕け、飛び散っていく。
 白月は吼えた。棍が弾丸とアスファルトのカケラを弾き飛ばす。ふたりは、鼻をつく硝煙の中を馳せた。白い煙の中に、シャノンがいるかもしれない。
「どこから狙ってる!」
 ゥルルルルル、とブラッカは叫んだあとに唸った。腹の底に響くような、オオカミの唸り声だ。
「言ったろ。魔法を使えば一発だ!」
 シュウの双眸がぎらりと光る。短い詠唱が終わった直後、シュウの脳裏には、銃を乱射している男と、トランシーバーと銃を手にして物陰に潜む男と、ケラケラ笑いながら煙幕を焚いている男の姿がちらついた。乱射男と煙幕男は顔がそっくりだ。双子かもしれない。
「近くには3人いるぞ。2人は銃しか脳がねぇらしい!」
「皆さんには、弾に当たらない『おまじない』をおかけしております。魔法をお使いにならないお相手で助かりました」
 ピンクの触手の塊が動いて、キュキュの上半身が現れた。触手にすっぽりとらわれているのはシェリーだ。今にもモンスターに食われそうな様子に見えるが、キュキュは彼女を護っているだけだ。
「よし、レン! 表に出てブチかますぞ!」
「えっ、でも、先生、あの、このへん、家がたくさんありますよ」
「うっわ、そうだった……!」
 ぐしゃぐしゃと髪をかきまわしたが、シュウは結局、レンを伴って外に飛び出した。キュキュの防御魔法が、単なるおまじない以上の効果を発揮している。横殴りの雨あられと化している弾丸の応酬も、ふたりの魔法使いの身体に当たれば、力なくはね返った。
「テキトーでいい、氷飛ばせ!」
 敵の姿が見えない。だが、レドメネランテはシュウの命令に従った。シュウなら、なんとかしてくれるのだ。レンは師を信じた。
 ザワリ、とレドメネランテの青みがかった白髪が揺らめく。煙と火薬の炸裂、裂帛の気合で熱く燃えていた空気が、キインと冷えた。皮膚が切れそうなほどの冷気はただちに集束し、虚空に無数の氷塊が現れる。
 ヒョッ、と空をも切り裂き、氷礫が四方に飛んだ。
「お返しだ」
 シュウの口に、不敵な笑みが浮かんだ。
 不意に起きた風が、氷ツブテをさらって、吹き飛ばした。氷を含んだ一陣の風が、煙幕を突き抜け、サブマシンガンを乱射する男をまっすぐに目指す。
「ガへッ!?」
 全身に氷ツブテを食らった乱射男が、3メートルばかり、軽々と吹っ飛んだ。
「兄貴!」
 煙幕男が、悲鳴を上げて発煙筒を落とす。
「ヨソ見かよ、余裕だな!」
 煙幕男の後頭部に、棍が迫った。命中した。あえなく倒れる男を見すえ、白月が一瞬、獣のように唸った。
「あと一人!」
 その唸りに、ブラッカの唸りが重なる。
 あと一人は――
 シュウが起こした風が、煙を吹き飛ばす。トランシーバーを手に、隠れ家を睨みつける男の姿が、あらわになった。そいつは煙にまぎれて、意外なほど隠れ家の近くにまで忍び寄ってきていた。彼が笑うのを、レドメネランテが偶然、目の当たりにした。ティモネが走る。だがどんなに速い彼女が急いでも、男がトランシーバーについたボタンを押す動作のほうが、さすがに速かった。
 レドメネランテは、自分でも何を叫んだかわからない。無我夢中で、隣に立っていたシュウを突き飛ばした。
 ブラッカは振り返った。ファングがショットガンをポンプをスライドさせているのが見え――、

 隠れ家が、爆発した。

 ピンク色の触手が何本かちぎれて、ベチャベチャと地面に落ちていく。ひときわ大きな塊がブロック塀にぶつかって、地面にズリ落ちた。
「キュキュさん! キュキュ!」
 幸い、触手の塊の中から現れたシェリーは打ち身程度ですんでいた。キュキュもさすがに目を回していたが、見る見るうちにちぎれた触手が再生している。立ちこめる土煙の中、ブラッカが、白月が、のろのろと起き上がった。ファングは立ち上がれない。右足と右腕と右胸が吹き飛んでいる。
 レドメネランテも動かない。シュウが怒鳴るようにして呼びかけながら、その身体を揺さぶっている。
 だが、隠れ家を爆破した男も、こめかみから血を流しながら倒れて、うめいていた。傍らにはすっくとティモネが立っていて、大鎌を片手に引っ提げている。
「……逆恨みで、ここまでしますか、ふつう」
 冷めたティモネの問いが落ちる。男は地面に這いつくばったまま、ティモネを見上げた。彼女は……微笑んでいる。
「こんなことをしろと言ったのは、誰ですか。お仕置きしないといけませんよね」
「……言うと思うか、バカ」
「言わなくてもわかる。フランキーだろう!」
 白月が声を荒げたが、
『おい、リバティ・ベル』
 突然、湿った虚空から声がした。全員がその声に気がついた次の瞬間には、濃い霧が人のかたちを作り、色がつき、シャノン・ヴォルムスの姿に成り代わっていた。シャノンは口元にあるかなしかの笑みを浮かべて、発破男――リバティ・ベルを見下ろす。
「『バンカー』に早く連絡したほうがいいぞ。作戦は失敗した、ってな。俺も力になれなかったようだ。謝っていたと伝えてくれ」
「し、シャノン、てめ、え……!」
 バンカー。
 その男がシャノンを雇い、男たちに指示を出していたのか。フランキー・コンティネントではなかったのか。白月は少し、胸がすく思いがした。シャノンはプロだが、知人や友人のことも、ちゃんと考えてくれる男だ……。
 ネドメネランテはこめかみのあたりや腕から血を流して、気を失っている。命に別状はないだろう――きっと。弟子を抱き起こしながら、シュウが怒りもあらわに唸り声を上げた。
「そのバンカーってヤツを一発ブン殴ってやる!」

「ご自由にどうぞ」

 ドサ、リ。
 ボロボロのスーツを着た老人が、地面に放り投げられた。
「俺が先に3発くらいブン殴っちまったが」
「兄さん、あんた……」
 白月が呆然と見つめるのは、八之銀二の姿だった。銀二はばつが悪そうに頭をかき、肩をすくめる。
「まぁ、敵を欺くには何とやらだ。ハン・シソウってヤツがコソコソ嗅ぎ回っててな。そいつをシメたら黒幕もアッサリわかっちまった。こいつだよ、フランキーの右腕、バンカー」
「……ハンは、相棒を、あのアマに殺られたんだぞ……」
 リバティ・ベルはうめく。そのうめき声に、同じく苦痛に満ちた声で、バンカーが答えた。
「安心しろ、リバティ・ベル。まだ残っている。クラップス・シューター!」
 はっ、とブラッカが……全員が息を呑んだ。ドウジは、『ブラックスター』狩りに動いているムービースターが6人いると言っていたはず。
 銀二が片づけたのは、ハン・シソウとバンカー。ここで無力化したのは、リバティ・ベルと、ちょっとイカレた双子の兄弟。
 あとひとり……!
 キュキュが意識を取り戻した瞬間、ぱかッ、と湿った音がした。
 半身を吹き飛ばされてうめいていたファングの頭が、落とされたスイカのように爆ぜた音。ブラッカとシェリーが声を上げ、キュキュは慌てて魔法をかけ直した。危ないところだった。銃撃を無効にする魔法がかかった瞬間、ブラッカのこめかみにライフルの弾が当たって、はね返ったのである。
「ファング! ……お……!」
 ファングは、いなくなってしまった。駆け寄ったブラッカの前に、1本のプレミアフィルムが転がる。
「畜生、どこから!」
 白月は棍を構え直し、五感を研ぎ澄ませたが、銃撃者の気配はどこにもない。よほど遠くにいるのだろう。弾はライフルだった。フランキーの配下には、狙撃のプロがいるにちがいない。クラップス・シューターという名の。ライフルの射程距離はキロ単位だ。この街のどこかにいるのは確かだが、近くにはいないと考えたほうがいい。銃撃が無意味になったということは、向こうも気がついたのだろうか――それきり、狙撃はやんだ。
「クソッ!!」
 銀二は思わず手近にあった消火栓を蹴ってしまった。赤い消火栓はたちまち吹っ飛び、水が噴き出して、朝日を浴びた。虹が……、見える。
「いい。コレで充分だ。クラップスは今回もいい仕事をした。リバティ・ベル、もう充分だ……」
 頬を腫らした老人は、咳きこみながら、喉の奥で笑い始める。
 ブラッカは死んでいないし、シェリーも無事だ。手負いのヴァンパイア・ハーフをひとりしとめただけ。それなのに、彼は満足げだ。その顔は、何か大仕事を成し遂げた男の顔だった。彼は何も語らず、シュウが一発殴る前に、意識を失った。


『私は今のままでも充分なんだが、私の仲間は、違うらしい』
 あのとき、ルーレットの動きを眺めながら、フランキーは冬月に言った。
『皆が、私をリーダーにしたがる。皆が、だ。ドウジではなく、この私を……悪役会のトップに据えたいと言っている。私はバカラさえできればいいんだ。バカラだ。ああ、ブラックジャックでもいい。だが、仲間の気持ちは汲んでやりたい。皆がやれと言うなら、私は……やるさ』


 冬月真の連絡を受けて、竹川導次は地下にカジノが入っていたビルを訪れた。
「……さすがだな」
 だが、悪役フランキー・コンティネントの逃げ足は速い。すでに地下はもぬけのカラで、フランキーはメッセージひとつ残していなかった。いや、ひとつだけ、忘れ物があるにはある。1枚のポーカーチップが、床に落ちていた。
「竹川。騒がしくなりそうだぞ」
 がらんどうのフロアに、冬月の声と溜息は、大きく、うつろに響きわたった。
「ヤツらにとっての『死すべきカタキ』は、ミランダやブラッカじゃない。竹川導次だ。ミランダに情けをかけたのがよくなかったな。悪役会のメンツも考えるべきだった。それに、どうやらブラッカと俺たちを引き合わせたのがあんただってことも、バレてるようだぞ」
 フランキー・コンティネントの仲間たちが、『ブラックスター』狩りを始めた。それは、私憤のためだ。ドウジに抑制され、動きたくても動けなかった悪役会のメンバーたち。ミランダに殺された仲間のカタキをとるためなら、フランキーの仲間たちは、ドウジの命令さえはねのける心意気がある――フランキー・コンティネントの思惑はさて置き、悪役会は、この一件で揺れるだろう。しかも、ドウジは逆恨みの対象にもなっていたブラッカの肩を持ってしまった。そのうち、フランキーのほうがドウジよりも話のわかる大物だと思い始める者が、必ず出てくる。
「どうする。それとも、内部抗争は慣れっこか?」
 冬月が言うと、ドウジはかすかに苦笑いして、細く紫煙を吐いた。
「てめエが蒔いたタネや。リオネやないが、根っこ引っこ抜くまで、てめエで面倒見んとあかんな」
「竹川」
 冬月は、ドウジの身を案じた。悪役会の親分は、号令ひとつで何十人もの悪役を一瞬で集めてしまう能力の持ち主だ。簡単には殺されまい。しかし、今回の相手は……。
 ドウジは、チップが1枚ばかり転がっているだけのフロアを出ていった。
 冬月は胸騒ぎがした。探偵業でつちかってきた直感だ。冬月はすぐにドウジを追ったが、ほんの数秒だけ、遅かった。
 地上に出た竹川導次が、銃声とともに倒れるのを、冬月は見た。


「ドウジが撃たれたらしい」
 その急報を、レドメネランテとシュウはブラッカの口から聞かされた。気を失っていたレンは病院のベッドで意識を取り戻していた。傷は打ち身やすり傷程度で、ガーゼをあてるくらいの治療ですんだが、緊張状態が続いていたところで魔法を使ったりしたので、精神的に疲れてしまっていたらしい。シュウとキュキュが介抱にあたっていた。救急車のけたたましいサイレンが、彼らのいる病院に近づいてくる。
 銀二と白月も病院にいたが、ドウジが襲撃された報せを受けて、身体が勝手に動いてしまったようだ。病院のロビーに飛び出していった。
「そ、それで、大丈夫なんですか、ドウジさんは」
「左肩を撃たれたそうだ。意識もあるから、心配はいらないだろう。あと少し下にズレていたら心臓をやられてたかもしれない」
 レンとシュウは顔を見合わせた。何がどうなっているのか、よくわからない。だが、ブラッカや自分たちも銃撃事件に関わっているような気がしてならないのだ。
 溜息をつき、ブラッカは力なくかぶりを振る。
「俺とシェリーは、アズマ博士の研究所に行くつもりだ」
「ミランダか?」
「ああ。妙なことになってきた。俺たちは悪役会の抗争の火種にされただけかもしれないが、ミランダに対する恨みが深いのはよくわかった。ミランダが直接狙われなかったのは、奴らも研究所には手出ししにくいということかもしれないし……、その……、何と言うか……、そばにいてやりたい。様子を見てくれている奴はいるらしいが……」
「……すみませんでした。ファングさんを、助けられなくて」
「気にするな。あいつは、映画でも頭を吹っ飛ばされて死んだ。そういう運命だったのかもしれない。仇を討つつもりもない。……ヤツらと同じモノになってしまうからな」
「ミランダは、どうなんだ。映画じゃ最後にどうなった?」
 シュウの問いに、ブラッカの獣の口がほころんだ。
「ファングに代わって、俺の相棒に」
 もしかするとそれは、悲しい笑みだったかもしれない。
 アズマ超物理研究所にいるほうが安全だという保証はないが、ブラッカとシェリーの気持ちは固いようだ。誰も止めなかった。彼らは、自分たちを惨禍に巻きこんだ元凶のミランダも、誰も憎んでいないようだった。だが……、悪役会の内部で渦巻き始めた不協和音は、彼らの気持ちのように清らかではない。
 確実に、何かが狂い始めている。マフィア映画やヤクザ映画のように、血なまぐさい騒動が起きるだろうか。竹川導次や、ミランダに関わってきた者たちは、不安になったり、何とはなしであったり、それぞれの場所のそれぞれの理由で、ふと空を見上げるのだった。
 意外にも、空はからりと晴れわたっていた。

クリエイターコメントお待たせしました。『コンティネントと死すべきカタキ』完成です。悪役っていうのはしたたかなモノであればあるほど魅力的だと思っています。今回もただの逆恨みではなかったということでひとつ。悪役会抗争やミランダ関係のシナリオで、今後も遊んでいただけたら嬉しいです。
フト気づいたのですが、龍司郎はひとりもNPCを持ってませんでした。公式NPCで不自由しなかったんで。でも、悪役会抗争ネタに燃えてきましたので、せっかくだからフランキーを登録しようと思います。オヤジだから……アノ人にイラスト頼めたら……嬉しいかも(笑)。
公開日時2007-09-06(木) 19:50
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